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福島地方裁判所 昭和61年(ワ)30号 判決 1987年1月26日

原告

福島県共済農業

協同組合連合会

右代表者理事

舟山角三

右訴訟代理人弁護士

今井吉之

被告

協和警備保障株式会社

右代表者代表取締役

吾妻耕吉

被告

吾妻耕吉

右両名訴訟代理人弁護士

平井和夫

主文

被告らは各自原告に対し金七二二九万六八八九円及びこれに対する昭和五九年一二月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、共済に関する事業を営む農業協同組合連合会であり、被告協和警備保障株式会社(以下、「被告会社」という)は、ビル、建物の警備保障を業務とする会社であり、被告吾妻耕吉(以下、「被告吾妻」という)は、被告会社の代表取締役である。

2  原告と訴外生活協同組合福島消費組合(以下、「生協」という)は、昭和五九年二月九日、以下のとおりの団体建物火災共済契約(以下、「本件共済契約」という)を締結した。

(一) 共済期間 昭和五九年二月二七日から同六〇年二月二七日まで

(二) 共済の目的 福島市新町六番三五号所在鉄筋コンクリート造三階建事務所兼スーパーマーケット(以下、「本件店舗」という)他一三棟及び商品

(三) 共済金の支払 火災、落雷等により共済の目的に損害が生じたとき、原告は生協に対し共済金を支払う。

(四) 代位権 原告は、生協が第三者に対し、損害賠償の請求ができる場合で、生協に共済金を支払つたときは、その支払つた限度において、生協が第三者に対して有する権利を取得する。

3  ところで、被告会社は、生協の火災、盗難等の警備を請け負つており、訴外斎藤正幸(以下、「斎藤」という)は、昭和五八年一〇月から被告会社の警備担当員として勤務していたものであるが、斎藤は、昭和五九年一一月一二日から翌一三日にかけて、被告会社の警備車を運転し、巡回機動隊員として、被告会社が福島市内B1地区と定めた地区の巡回警備の業務に従事した。本件店舗は、右B1地区に含まれ、斎藤の担当する巡回警備の区域内の警備対象物件の一つであつたが、斎藤は、同月一三日午前一時五五分ころ、本件店舗付近の清水ビルの巡回を終えて、次の巡回場所である児童公園に移動する途中、本件店舗に放火した。

右清水ビルから本件店舗までの距離は、一五〇メートル弱、移動時間は約三分であり、斎藤は、放火後直ちに巡回場所である右児童公園に赴き、警備装置をセットして巡回警備を続け、同日午前二時四分、被告会社管制室から火災発生、現場へ急行せよ、との連絡を受け、午前二時七分、本件店舗に到着し、警備担当者として消火活動を行つた。

斎藤の本件放火の動機は、勤務先である被告会社に不満を持ち、会社の信用を失墜させる目的で、被告会社が警備担当をしている本件店舗を選んで放火行為に及んだものである。

4  以上のとおり、斎藤は、被告会社の従業員として、その勤務時間中、勤務の途中において放火行為に及び、また斎藤は本件放火の前後にも何回か放火を行つており、被告会社に不満をもつていたこと等について、被告会社として十分管理監督ができなかつたものであるから、これらの事情によれば、斎藤の本件放火行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものということができ、被告会社は、生協に対して、民法七一五条一項に基づき、本件放火によつて生じた損害を賠償する責任がある。

また被告吾妻は、被告会社の代表取締役であり、斎藤を監督する立場にあつたものであるから、同条二項に基づき、生協に対して、その損害を賠償する責任がある。

5  仮に、斎藤の本件放火行為が被告会社の業務の執行についてなされたものでなく民法七一五条一項に基づく責任が認められないとしても、被告吾妻は、従業員である斎藤を十分監督して放火などおこさないように注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失があるから、民法七〇九条に基づく責任があり、被告会社は同法四四条一項に基づく責任がある。

6  斎藤の本件放火行為により、本件店舗及びその内部の商品は焼失したので、原告は、昭和五九年一二月一二日、本件共済契約に基づき、生協に対し、その損害填補のため、共済金七二二九万六八八九円を支払つた。

7  本件共済契約は、保険契約と本質的に同一であるから、商法六六二条一項が準用されると解される。したがつて、原告は、法律上当然に被共済者の第三者に対して有する損害賠償請求権を取得するから、原告は、本件共済契約に基づいて生協に対して支払つた右金七二二九万六八八九円の範囲内で、生協の被告会社及び被告吾妻に対する右損害賠償請求権を取得した。

8  よつて、原告は生協に代位して取得した右損害賠償請求権に基づき、被告会社及び被告吾妻に対し、各自(不真正連帯)金七二二九万六八八九円及びこれに対する昭和五九年一二月一三日から支払済まで民法所定の年五分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は知らない。

3  同3のうち、被告会社が、生協の火災、盗難等の警備を請け負つていたこと、斎藤が被告会社の警備担当員として勤務していたこと、同人が昭和五九年一一月一三日午前一時五五分ころ、本件店舗に放火したことは認め、その余は否認する。

4  同4は争う。

斎藤がなした本件放火は、同人の全く個人的立場においてなされたものである。被告会社と原告との警備請負契約は、被告会社が従業員を派遣して原告の営業店舗を巡回警備するものではなく、警備装置が作動した際に本部に待機している従業員が指示により、現場に急行するシステムになつており、斎藤は本部で勤務中、たまたま抜け出して、本件店舗の外にあつた物に放火したもので、鍵等を使用したものでないから、本件放火行為と被告会社の警備業務との間には、関連性、密接性は全くないものである。そして放火行為自体を、その職務の範囲内の行為と認めることは無理であるから、斎藤の本件放火行為は、民法七一五条一項にいう「事業の執行に付き」なされたものということはできず、被告会社及び被告吾妻には民法七一五条の責任はない。

5  同5は争う。

原告は、被告吾妻は斎藤を十分に監督して放火などしないよう注意すべきであるのに、これを怠つたと主張するが、斎藤の本件放火行為は、被告会社及び被告吾妻の全く予見不可能な行為であり、このような行為について、被告らに具体的注意義務を要求することは、不可能を強いることと同じであり、被告らに責任を問うことはできない。

6  同6のうち、本件放火により、本件店舗及び商品が焼失したことは認め、その余は知らない。

7  同7は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一本件事故の発生

1  被告会社は、ビル、建物の警備保障を業務とする会社であること、斎藤は被告会社の従業員として警備担当の職務に従事し、昭和五九年一一月一三日午前一時五五分ころ、本件店舗に放火し、その結果本件店舗及びその内部に置かれていた商品が焼失したことは当事者間に争いがない。

2  当事者間に争いのない右事実に、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告会社は生協との間で、昭和五七年一〇月二七日、生協の本件店舗を含む一九店舗につき、火災、盗難等の警備保障を請け負う旨の契約を締結した。

(二)  斎藤は、昭和五八年一〇月一四日、被告会社に入社し、昭和五九年八月から、同社の巡回警備員として勤務していたが、次第に被告会社の労働条件や被告吾妻及び専務取締役らの言動に不満を抱くようになり、被告会社が警備を担当している物件に放火して同人らを困惑させ、同社の信用を失墜させてやろうと考え、同年九月ころから、被告会社の警備対象物件を選んで放火行為に及ぶようになつた。

(三)  斎藤は、昭和五九年一二月一二日から翌一三日にかけて、被告会社がB1コースと定めた福島市内における巡回警備対象物件を巡回警備する任務に従事することになつていたため、一二日午後五時三〇分ころ、被告会社に出勤し、巡回順序については、最初を福島市役所、最後を同市置賜町所在の清水ビル、県庁庁舎の外周巡回とすることに決めて、同社の警備自動車を運転して巡回警備を開始した。斎藤は、福島市役所の巡回を終え、次に同市桜木町所在の児童公園を巡回したが、その際巡回を行つたことを確認するための警備装置をセットすることを失念したため、後でセットすることにして、その後予定した巡回場所を順次経由したが、翌一三日午前一時二八分ころ、同市鳥谷野所在の信夫自動車工業の巡回を終えて右清水ビルに向かう途中において、本件店舗ビルから約一五〇メートルの距離しかなく、かつ警備対象物件となつており(もつとも、本件店舗は警報装置等が設置されていて、盗難や火災等異常が発生した場合に、警備員が現場に急行してこれに対処することになつている機械警備による警備対象物件であり、巡回警備の対象物件ではないが、店内に入る鍵は福島市内B1コースの巡回警備員が携帯し、同日はこれを斎藤が携帯していた)、その状況を知悉していたことから、同店舗に放火しようと決意した。

(四)  そして斎藤は、同日午前一時五二分ころ、右清水ビルの巡回を終え、同日午前一時五五分ころ、本件店舗南側路上に警備自動車を停車させ、同店舗西側に接着して建てられているダンボール置場に赴き、同所に積まれていたダンボールに所掲のマッチで点火して火を放ち、ダンボールが燃焼するのを確認して直ちにその場を離れ、再び警備自動車に乗車して、前記警備装置のセットを失念していた児童公園に赴き、同所の警備装置をセットして同車に戻り、最後の巡回場所である県庁に向かおうとしたとき、無線で被告会社の本部管制室から本件店舗に火災が発生したので現場に急行せよとの通報が入つたので、直ちに本件店舗に急行し、携帯していた合鍵でドアを開け、本件店舗の消火作業等に従事した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二被告らの生協に対する責任

1 被告会社の責任

他人を使用して事業を営む者は、いわゆる報償責任ないし危険責任として、被用者がその事業の執行に付き第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。そして右にいう事業の執行に付きなされた加害行為は、必ずしも適法な業務の執行行為に限らず、その業務の執行を怠り、さらには業務の目的に反するようなものであつても、使用者が業務を行うべき場所ないし業務行動の範囲において、業務と密接に関連してなされた行為である以上、そのような行為をも含むものと解するのが相当である。

ところで、前記一で認定した事実によれば、本件店舗は、被告会社が火災、盗難等の被害を防止する警備を請け負つた警備業務執行の対象物件であり、それがたまたま巡回警備までは必要としない物件であつても、火災や盗難等の異常が発生した場合には、警備装置の作動により同所に急行してこれに対処すべき場所となつており、しかも福島市内のB1コースの巡回警備を担当する警備員が、本件店舗の合鍵を携帯して同店の非常に備えることになつていたものであるから、被告会社の業務の執行場所、業務行動の範囲にあるものというべく、他方斎藤は、被告会社の従業員として巡回警備対象物件を順次巡回警備する業務の執行中に本件放火を行つたもので、本件店舗も右巡回コースに極めて近接した場所に所在するから、本件放火は、なお被告会社の業務の執行と密接に関連してなされたものというべきである。

そうすると、斎藤の本件放火行為は、被告会社の業務の執行についてなされたものであるから、被告会社は斎藤の使用者として、民法七一五条一項により、生協の被つた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告吾妻の責任

被告吾妻が本件放火当時被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがなく、前記各証拠によれば、被告吾妻が被告会社の従業員である斎藤を指揮監督すべき立場にあつたことが認められるから、右事実によれば、被告吾妻は、民法七一五条二項により、生協の被つた損害を賠償する義務がある。

なお被告らは、本件放火を予見することは不可能であり、これについて被告らに具体的な注意義務を要求することは、不可能を強いることと同じであり、被告らの責任を問うことはできない旨主張する。

前記認定のとおり、本件放火は、斎藤が被告会社の労働条件や代表取締役ら役員に対する日頃の不満等に基づいて行つたものであるが、凡そ警備業務を夜間単独で行う場合に、当該従業員が気持の持方次第で事故、事件を惹起する可能性は考えられないものではなく、従つて被告らとしては、斎藤ら従業員の生活感情や日常業務の言動、態度等を十分把握し、業務体制を工夫して、これを適切に監督しておれば、本件放火を予防しえたとも考えられないものではない。被告らにおいて、右のような監督につき相当の注意をしたことの主張も立証もなく、単に本件放火を予見することは不可能であり、これについて被告らに具体的な注意義務を要求することは、不可能を強いることと同じであるというのみでは、本件損害賠償義務を免れることはできない。

三生協の損害

<証拠>によれば、本件店舗の焼失による時価損害額は、金五八七一万五八二〇円、商品の焼失による時価損害額は、金五六六一万七〇〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

四原告の権利取得

1  原告が、共済に関する事業を営む農業協同組合連合会であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告と生協は、昭和五九年二月九日、共済期間を昭和五九年二月二七日から同六〇年二月二七日までとし、共済の目的を本件店舗他一三棟の建物及び商品とし、共済金の支払については、火災、落雷等により共済の目的に損害が生じたとき、原告は生協に対し共済金を支払う、代位権について、原告は、生協が第三者に対して損害賠償の請求ができる場合で、生協に共済金を支払つたときは、その支払つた限度において、生協が第三者に対して有する権利を取得する、との各約定で本件共済契約を締結したこと、原告は、本件放火により生協が被つた前記損害につき、昭和五九年一二月一二日生協に対し、共済金として、本件店舗につき金一七二九万六八八九円、商品につき金五五〇〇万円の合計金七二二九万六八八九円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、本件共済契約は、商法上の損害保険とその性質を同じくするものであるから、損害保険に関する同法六六二条が準用されると解されるところ、右1の認定事実によれば、原告は生協に対し、本件共済契約に基づき、生協の被つた損害について原告が負担すべき金員を支払つたのであるから、原告は、生協の被告会社及び被告吾妻に対する各損害賠償請求権のうち、右支払つた金額とこれに対しその支払の日の翌日である昭和五九年一二月一三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を取得したものと解せられる。

五以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は理由があるから、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林茂雄 裁判官山口忍 裁判官永井崇志)

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